The Notorious B.I.G.(ノトーリアス・ビー・アイ・ジー)

本名

Christopher George Latore Wallace(クリストファー・ジョージ・レイトア・ウォレス)

MCネームの由来・意味

Notoriousは英語で「悪名高い」を意味する。
B.I.G.はBusiness Instead of Games(ゲームの代わりのビジネス)の略である。

愛称

Biggie Smalls(ビギー・スモールズ)
Biggie(ビギー)
Big(ビッグ)
Frank White(フランク・ホワイト)
Big Poppa(ビッグ・ポッパ)

生年月日

1972年5月21日

出身地

ニューヨーク州ニューヨーク市

身長

190cm

体重

136kgくらいとされる

経歴

1972年5月21日にニューヨークに生まれる。
2歳の時に父親が蒸発し、保育園の教師の母親によって女手一つで育てられた。

そして10代からラップを始め、
ヒップホップ雑誌「The Source」(ザ・ソース)の新人紹介コーナーに登場し、
Sean Combs(ショーン・コムズ)の目に止まり、Sean Combsが設立した
レーベルBad Boy Records(バッド・ボーイ・レコーズ)との契約に至った。

1994年9月13日には1stアルバム「Ready to Die」をリリース。
この作品はヒップホップを語る上で欠かせない名作である。

またこの1stアルバムのリリース前には西海岸を代表するラッパー2Pacとの交友があったが、
同年11月に2Pacが銃撃されるという事件が起き、
犯人としてThe Notorious B.I.G.とSean Combsが疑われた。
その一件以来、2PacThe Notorious B.I.G.の関係は悪化した。
(2Pacは自身の楽曲「Hit ‘Em Up」でBad Boy Recordsへの怒りを露わにしている。英詞がわからなくても激しい怒りが伝わってくるほどである。)

そして1997年3月にロサンゼルスで行われた『VIBE』主催、「Soul Train Music Award」パーティーの帰りに何者かによって銃撃され被弾し、9日に24歳の若さで帰らぬ人となった。(2Pacが亡くなった6ヶ月である。)

The Notorious B.I.G亡き後の1997年3月25日に二枚組の2ndアルバム「Life After Death」(ライフ・アフター・デス)がリリースされる。このアルバムは全米1位を獲得し、1000万枚以上の驚異的な売り上げを記録した。

1999年12月9日には未発表音源から構成された3rdアルバム「Born Again」(ボーン・アゲイン)がリリースされた。この作品もまた全米1位を獲得した。

2005年12月にはEMINEMJAY Zらが客演参加したDuets: The Final Chapter(デュエッツ: ザ・ファイナル・チャプター)がリリースされた。



重厚なフローからストリートライフが反映されたリリックを放つラッパーThe Notorious B.I.G
彼はフリースタイルラップの名手でもあった。
そして、ヒップホップ界における東西抗争で命を落とした東海岸を象徴する犠牲者である。
(西海岸の犠牲者は2Pacである。)
生前にリリースしたアルバムはわずか1枚ながら、今なお根強い人気と影響力を持つラッパーである。



スポンサードリンク

シェアボタン

少しでも役に立ちましたら''いいね!''をお願いします!!

楽天市場
スポンサードリンク