50CENT(フィフティーセント)

 
本名
 
Curtis James Jackson Ⅲ(カーティス ジェームス ジャクソン三世)
 
 
 
MCネームの由来
 
ブルックリンの伝説のドラッグディーラーKelvin 50Cent Martin(ケルヴィン フィフティー マーティン)から来ている。
実在したギャングである。
 
 
 
生年月日
 
1975年7月6日 
 
 
 
出身
 
ニューヨーク州ニューヨーク市クイーンズ区ジャマイカ地区
 
 
 
身長
 
180~183cmか
 
 
 
1983年、8歳のときにドラッグディーラーである母親が何者かに殺害される。
父親はいなかったため祖父母に育てられた。
わずか12歳で自身もドラッグディーラーとして活動を始めた。
 
1996年に伝説のヒップホップグループRUN D.M.CのDJであるJAM MASTER JAY主催のレーベルJMJと契約し、
当時、小節の数え方や曲の作り方を知らなかった50CENTは そこで音楽の基礎を学んだ。
 
1999年にプロデュースチームTrackmastersに見いだされColumbia Records(コロンビア レコーズ)と契約。
 
2000年4月に祖母宅の前で9発もの銃弾を浴び、瀕死の重傷を負う。
(この事件の際、顔にも被弾し声質が変わった。)
また、この事件で危険を感じ、トラブルを恐れたColumbia Recordsに50 CENTは契約を解除されてしてしまう。
 
50CENTはレコード会社から契約を解除され、瀕死状態から復帰した後もビジネスパートナーであるSha Money XLとともに音楽活動を続けた。
 やがて「50 Cent Is The Future」をリリース。
こうした活動が実り、EMINEMに注目されEMINEMのレーベルであるShadyRecordsとDr.DreのレーベルAftermath Entertainmentと共同契約を結ぶ。
 
2003年2月、EMINEMとDr.Dreも制作に加わった強力な1stアルバム「Get Rich Or Die Tryin’」をリリース。
堂々の1位を初登場で獲得し、大ヒット。
本作に収録されたシングル「In Da Club」は9週連続全米チャート1位を獲得した。
 
2005年には2ndアルバム「The Massacre」をリリース。
自身主演の半自叙伝的映画「Get Rich Or Die Tryin’」も公開される。
映画と同名のサウンドトラックもリリースする。
 
2007年の9月11日には3rdアルバム「Curtis」をリリース。
KANYE WESTのアルバム「Graduation」と同日にリリースであり、
50CENTは「1週目のセールスでカニエに負けたらもう自己のアルバムを出さない」と公言し、闘争心をむき出しにしたが、
結果としてはKANYE WEST「Graduation」に軍配があがった。
しかし、引退する様子は一切ない。。。
 
幼少期から壮絶な人生を送ってきた本物のギャングスタラッパーである。
ここまで危険な匂いのする人物も少ない。。。
 
 
 

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