LITTLE(リトル)

[KICK THE CAN CREW]キック ザ カン クルー

 

本名
 
小島健司(こじま けんじ)
 
 
 
MCネームの由来
 
身長が低いことから。
(RIP SLYMEのPESが名付け親とされる)
 
 
 
生年月日
 
1976年5月7日
 
 
 
出身地
 
東京都八王子市
 
 
 
身長
 
156cm
(自称「東京一小さなMC」)
 
 
高音のフローと固い韻が持ち味のMC。高速のラップも得意とする。
そのライミングスキルは高く評価されている。
国内で上手いラッパーと言うと必ずと言っていいほど名前が挙がる実力者である。
 
 
 
元々の音楽活動のスタートはレゲエであり、やがてヒップホップの道へ足を踏み入れる。
ソロMCとしてDJ SHUHOと活動を始める。
 
1997年頃、楽曲「カンケリ」でBY PHAR THE DOPESTとして活動していたKREVAとRADICAL FREAKSとして活動していたMCUと初めて共演する。
それをきっかけにKICK THE CAN CREWを結成。
 
2001年5月23日にKICK THE CAN CREWとしてシングル「スーパーオリジナル」でメジャーデビューを果たす。
 
2002年1月23日にシングル「マルシェ」をリリース。
当時この楽曲のサビである「上がってんの?下がってんの?」のフレーズが大きな話題となった。
また同年の年末にはこの楽曲で紅白歌合戦に初出場を果たす。
 
2002年10月17日にリリースされたキングギドラのアルバム「最終兵器」に収録の楽曲「公開処刑 feat.BOY-KEN」で
K DUB SHINEに「勘狂う リリック辛い 屁理屈ライム」とRIP SLYMEと共にDISを受けた。
しかしLITTLEはK DUB SHINEのソロ楽曲「オレはオレ」が好きでK DUB SHINEをリスペクトしているという。
また直接会った際にK DUB SHINEは「RIP SLYMEとKICK THE CAN CREWはもうディスらない。」と宣言したとのこと。
 
2003年11月19日にはメジャー初となるベストアルバム「BEST ALBUM 2001-2003年」を完全生産限定でリリース。
オリコンチャートで週間1位を獲得。
 
2004年3月にKICK THE CAN CREWとしての活動休止を発表することを発表。
人気絶頂の時期での突然の発表であったため大きな話題となり、活動休止の理由に関して様々な憶測が飛び交ったが
’’個々の活動に力を入れてステップアップをするため’’とされている。
のちにKREVAは「音楽に対してグループのメンバーと温度差を感じ、気がついたら一人で動き出していた。」と語っている。
 
同年6月20日の「KICK YHE CAN CREW LIVE 旅人〜STEP IN THE DAY〜」をもって活動を休止した。
 
2004年7月21日にはRIP SLYMEのDJ FUMIYAプロデュースによるシングル「I SING,I SAY」をリリース。
 
自身の32歳の誕生日である2008年5月7日にはソロ3rdアルバム「’’YES’’rhyme-dentity」をリリース。
また同日、恵比寿LIQUIDROOMではソロデビュー10周年、アルバムリリース、誕生日の祝したライヴが開催された。
そのライヴのアンコールではKREVAとMCUが特大の花束を持って登場するというサプライズが有った。
 
同年の8月3日には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL2008」のKREVAのステージではLITTLEとMCUが呼ばれ、
「イツナロウバ」、「アンバランス」が4年ぶりに披露され会場は最高潮の盛り上がりを見せた。
その後は2009年2010年2011年2012年と連続で同フェスで一夜限りの復活を遂げ会場を盛り上げた。
 
2011年にはKICK THE CAN CREWのMCUと二人でユニット’’UL''を結成。
2014年3月5日には1stアルバム「ULTRAP」をリリース。
 
また2014年8月2日のROCK IN JAPAN FESTIVALにはLITTLE,KREVA,MCUの三人で
KICK THE CAN CREWとして出演する事が発表された。
2004年6月に活動休止から10年ぶり、ROCK IN JAPANのステージにKICK THE CAN CREW名義で出演するのは11年ぶりである。
 
 
 
 

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